十二単の話題がけっこう出ています。
十二単については、
こちらで詳しく紹介されています。
衿合わせなど、イラスト付きでわかりやすいです。
ちなみにこの衿合わせの「
かさね」は、「紅梅の匂」ですね。
十二単の着付けは、2人で行ないます。
前衣紋者と
後衣紋者です。
着付けてもらう方は、
御方様(おかたさま)。
もともと、高貴な方の着付けをするわけですから、モデルは「御方様」なのです。
前衣紋者と後衣紋者の役割は。
後衣紋者は、御方様の後ろに立ち、衣を肩から羽織らせていきます。
前衣紋者は、御方様の前に座り、衿合わせをして仮紐で留めていきます。
前衣紋者は立ってはいけません。
高貴な御方様の前で立つことは、失礼になるからです。
この場合、
技術的に優れた者が「後衣紋者」となります。
前衣紋者の方がいろいろ忙しくて技術が必要そうですが、後衣紋者の方が技術的には優れており、前衣紋者の着付けをチェックするわけです。
着付け自体は、2人の阿吽の呼吸で、てきぱきと進めなければなりません。
立っている御方様が疲れてしまいます。
また、衿合わせの際には、きちんとしながらも、肩に負担をかけることはしてはいけません。
1枚の重みが、10枚近くも積み重なれば、ずっしりと重みを感じて着付けが終了する頃には疲労感はピークです。
十二単を着た方の感想で多いのが、
「重い」かもしれません。
しかし、上手な着付けでは、
着物の重みはあまり感じません。
重みを感じるのは動くとき。
衣たちを引きずって歩くのですから、足捌きなどに注意しながら、慎重に動くことになります。
特に長袴だと、足捌きが難しいので、余計に重みを感じてしまうかもしれません。
最近では、切り袴を使うところもあるようですが、
十二単は普通は長袴です。
とはいえ、
春の装いでも書いたように、高貴な方は、普段は
軽装です。
十二単は、いわゆる表向きのハレの衣装なので、日常生活においては、高貴な方のお世話をする侍女が着ます。「
女房装束」といわれるのも、ここからきています。
この
十二単、着るのに時間はかかりますが、脱ぐのは簡単。
十二単は裳の紐1本で着ているので、裳を解いて、そのまま袿の重ねが崩れないように、すぽっと出れば、それで完了。
これがいわゆる、
もぬけの殻(裳抜けの殻)というものです。
そのままですね。

何枚も重ねているので、着ていた状態をキープしています。
適当な画像が見当たらないのですが、たとえば、
←こういう状態で床に置かれている状態になります。
これは、高貴な方が疲れないよう、
すぐに脱ぐことができるように、というだけではなく、次回、また最初から着なおすのは時間がかかるので、
次回着る時にはこのまま着て、衿合わせなどを整えるだけで済むという、実に機能的な方法。
女房たちは、毎日、仕事が終ると脱いで、朝には
十二単を着なければならないわけですから、この方が楽というわけです。
香をたきしめたりする場合は、バラバラにすることになりますが。
また、この「もぬけの殻」の状態を、「
空蝉」といいます。
蝉の抜け殻のことです。
『
源氏物語』の
空蝉巻でいわゆる「
空蝉」と呼ばれている女性は、忍んできた
源氏から逃げるために衣を残して去りますが、その衣にちなんで名づけられたものです。
女は、「さこそ、忘れ給ふを、嬉しき」に思ひなせど、あやしく、夢のやうなる事を、心に離るる折なき頃にて、心とけたる寝(い)だに寝られずなん。昼はながめ、夜はねざめがちなれば、「春ならぬ木のめ」も、いとなく嘆かしきに、碁打ちつる君、
「今宵はこなたに」
と、今めかしくうち語らひて、寝にけり。
わかき人は、何心なく、いとようまどろみたるべし。
かかるけはひの、いとかうばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、単衣(ひとへ)うちかけたる几帳のすき間に、暗けれど、うちみじろき寄るけはひ、いとしるし。
「あさましく」おぼえて、ともかくも思ひわかれず、やをら起き出でて、生絹(すずし)なる単衣一つを着て、すべり出でにけり。
君は、入り給ひて、ただ一人臥したるを、心安くおぼす。
床の下に、二人ばかりぞ臥したる。衣をおしやりて、より給へるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、おもほしもよらずかし。いぎたなきさまなどぞ、あやしく変りて、やうやう見あらはし給ひて、あさましく心やましけれど、「『人違(たが)へ』と、たどりて見えんも、をこがましく、『あやし』と思ふべし。本意の人をたづねよらむも、かばかり逃るる心あめれば、かひなく、『をこ』にこそ思はめ」とおぼす。
「女」は、
空蝉を指します。
『
源氏物語』では、「女」「女君」と表記される場合、既婚もしくは男性関係があることを示します。
つまり、この
空蝉は、既婚者。
そして、
源氏とも関係を結びます。
空蝉は、衛門の督(えもんのかみ)の娘で、伊予の介(すけ)の後妻で、方違えに来た
源氏と一夜の契りを交わしてしまいます。
作者・紫式部の自画像ともいわれていますが、2度目に忍んできた
源氏を拒絶することで、ますます
源氏の執着心をあおってしまう存在です。
簡単に訳すと。
空蝉は近頃、源氏から手紙のこなくなったのを、安心のできること(一応人妻ですから)と思おうとするのだったが、今も夢のようなあの夜の思い出をなつかしがって、毎夜、安眠もできなくなっているころであった。源氏とのことを、昼は終日思い、夜は寝ざめがちになっていた。
君(伊予の介の先妻の子・軒端の萩)は、「今夜はこちらで泊る」と、若々しい屈託のない話をしながら寝てしまった。
軒端の萩は無邪気によく眠っていた。
源氏が部屋に入ってきて、衣服のたきしめたの香の匂いに、空蝉は、暗がりの中、夏の薄い几帳越しに人の身じろぐのを感じた。
「なんということだろう」と思い、起きて、うすもの単衣を一つ着ただけで、そっと寝室を抜けて出た。
入ってきた源氏は、ただ一人で空蝉が寝ているのを確認し、安心した。
その下のところに二人ほど女房が寝ていた。上にかぶっていた衣(衣は布団でもあった)をのけて寄ってみると、あのとき抱きしめた空蝉よりも大きい気がしてのだが、まさか別人とは思わず、源氏は相手が恋人だと思っていた。あまりによく眠っていることなどに、変だと思い、やっと源氏は、彼女が空蝉でないことがわかり、あきれ、くやしい気持ちになったが、「今さら、人違いだ、とここから出て行くのも、怪しいと思われるし、困ったことだ。空蝉の所に行っても、これほどに私から逃げることに必死な彼女なのだから、会いに行っても侮蔑されるだけだろう」という思われる。
結局、
源氏は、今、ここに眠っている娘が、垣間見たあの美人なら、一夜の相手にしてもいいだろうと、やけになって彼女と関係を持ってしまうのです。
・・・・・・・・・やれやれ、です。
実際、軒端の萩は美人と描かれています。
白き羅(うすもの)の単襲(ひとへがさね)、二藍(ふたあゐ)の小袿(こうちき)だつ物、ないがしろに着なして、くれなゐの腰ひき結へるきはまで、胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり。いと白うをかしげに、つぶつぶと肥えて、そぞろかなる人の、頭つき額つき物あざやかに、まみ・口つき、いと愛敬づき、はなやかなるかたちなり。髪は、いとふさやかにて、長くはあらねど、さがりば、肩の程、いと清げに、すべて、「ねぢけたる所なく、をかしげなる人」と見えたり。
ざっと訳すと。
白いうすものの単衣襲に淡藍色の小袿らしいものをひきかけて、紅い袴の紐の結び目のところまでも着物の衿がはだけて胸があらわになっており、なんとも行儀のよくない姿である。色が白くて、よく肥えていて、頭の形と髪のかかった額つきが美しく、目つきと口もとに愛嬌があって、はなやかな顔である。髪は多くて、長くはないが、顔から肩へかかったあたりがきれいで、全体的に、ねじけたところがなくて、朗らかな人に見えた。
軒端の萩は、朗らかで、才走ったところがあり、親が常々自慢しているように、美人でした。
誰にも見られていないということで、しどけない格好をしていて、品には欠けているが、
源氏の恋人にはいないタイプ。
若い
源氏には、節操がないといわれてもしかたがないけれど、その軒端の萩の魅力に惹かれるところがあります。
が、お目当ては、自分の恋人・
空蝉です。
その
空蝉の姿も、
源氏は垣間見ます。
目少し腫れたる心ちして、鼻なども、あざやかなる所なう、ねびれて、にほはしき所も見えず。言ひたつれば、悪きによれるかたちを、いといたうもてつけて、この勝れる人よりは「心あらむ」と、目とどめつべきさましたり。
ざっと訳すと。
目は少し腫れぼったい気がして、鼻なども筋が通っているとは思えず、はなやかなところはどこもない。いわば醜い方の顔であるが、とても姿態がよくて、もう一方の美人(軒端の萩)よりも惹き付けられる魅力があった。
源氏の相手は、ほとんどが家柄の良い姫君ばかり。
もちろん、懇意にしている女房などもいましたが、藤壺、葵の上、六条の御息所など、いわゆる「上の品」の女性ばかりで、いずれも行儀よく、つつましく装った女性たちです。
「雨夜の品定め」をきっかけに、「中の品」の女である夕顔との恋愛に夢中になりますが、基本的には、初恋の藤壺の姿を追い求める
源氏は、
しとやかな女性が好き。
だから、美人の軒端の萩にも関心はあるけれど、
源氏は顔の美醜ではなく、慎ましやかな
空蝉の方が良いと思うのです。
しかし、その
空蝉にも拒絶され、残ったのは、手元に残る小袿のみ。
空蝉の 身をかへてける 木の下(もと)に 猶人がらの なつかしきかな
と書き給へるを、ふところに引き入れて持たり。かの人も、「いかに思ふらん」と、いとほしけれど、かたがたおもほしかへして、御言づけもなし。かの薄衣は、小袿の、いとなつかしき人香にしめるを、身近くならして、見居給へり。
空蝉が何枚くらい小袿を着ていたのかは不明ですが、夏の暑い頃ですし、
源氏が持ち帰るくらいですから、1枚程度かと思われます。
この、恋人の香が残る抜け殻を、
源氏は、「
空蝉の」と読みます。
巻名も、女性の名前もこの歌から、「
空蝉」と呼ばれるようになります。
夏に見る蝉の抜け殻のように、その殻(小袿)だけを残して去っていたいとしい人。十二単の「もぬけの殻」も、実用的で、機能的な平安期の知恵を見るより、こうして、ロマンチックに考えるのもいいですね。
1度着たものを、そのまま着る。
現在では、せいぜい、ハンガーに吊るしていたものをそのまま着る程度ですが。
こうして考えると、ハンガーは、ほこり対策さえできていれば、よい品物です。
※画像は、以下からお借りしました。デジタルカメラ 新製品レビュー
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0823/drev008.htm風俗博物館
http://www.iz2.or.jp/top.htmlクチコミblogランキング TREview人気blogランキング

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十二単、着てみたい?
『カードキャプターさくら』などで有名は創作集団
CLAMPの作画担当・
もこなが執筆&プロデュースした
キモノビジュアルブック。
ということで。
漫画ファンでもある私としては、気になる本です。
今風な感じの
着こなしで、アンティーク
着物が主のようですので、仕事上、正統派な
着こなしが主の私としては、見るだけのものになりそうですが、でも、なにかしらヒントも得られそうで、興味あります。
最近は春めいてきたからなのか、明るい色に心惹かれます。
やはり、春は好きですね。
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←
キモノはやはりかわいい系?
※画像の人形は風俗博物館所蔵今年もあっという間に
梅見の季節になりました。
梅林に立つと、普段は意識しない
梅の香りが心地良いですね。
紅
梅は色を、白
梅は香りを楽しみます。
春の到来を知らせる花が、「
梅」です。
別名は、好文木、春告草、風待草、香散見草などといいます。
梅については
こちらで詳しい説明があります。
『徒然草』第139段には、家に植えたい木を挙げていますが、
梅は春を告げる花なので、遅咲きではちょっと困るわけです。
梅は、白き・薄紅梅。
一重なるが疾く咲きたるも、重なりたる紅梅の匂ひめでたきも、皆おかし。遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚え劣り、気圧されて、枝に萎みつきたる、心うし。
「一重なるが、まづ咲きて、散りたるは、心疾く、をかし」とて、京極入道中納言は、なほ、一重梅をなん、軒近く植ゑられたりける。京極の屋の南向きに、今も二本侍るめり。
内容を簡単に訳すと。
梅は、白・薄紅。
一重のものが早く咲くのも、つらなった紅
梅の匂いも興味深く、みんな面白い。
遅い
梅は、桜と咲き合ってしまい、覚え劣り、その勢いに気圧されて、枝に萎んでついてるのは、心憂い。
「一重なのが、まず咲いて、散るのは、心はやって面白い」と言って、京極入道中納言は、やはり、一重
梅をなんとなく、軒近く植えられたりした。京極の屋敷の南向きに、今も二本ございます。
梅の次に桜が咲くので、その桜を一緒に咲いているようすは風流ではないというわけですね。
ちなみに『徒然草』では花は一重が良いということなので、八重桜はねじけてて見苦しいという評価でした。
シンプル・イズ・ベスト。
ということですね。
この季節の
色目も、「
梅」 の名を冠したものが多いです。
・
梅(うめ):表・白、裏・蘇芳。
・
梅重(うめがさね):表・濃紅、裏・紅
梅。
・ 裏
梅(うらうめ):表・紅
梅、裏・紅。
・ 紅
梅(こうばい):表・紅
梅、裏・蘇芳。
・ 紅
梅匂(こうばいのにおい):表・紅
梅、裏・淡紅
梅。
・ 莟紅
梅(つぼみこうばい):表・紅
梅、裏・濃蘇芳。
など。
文学作品にもよく見られるものは、「
梅重」と「紅
梅の匂」あたりです。
どういう
色目になるかというと、
梅重:
(五ツ衣)薄紅
梅淡、薄紅
梅、紅
梅、紅、蘇芳
(単)濃紫
↓
かさねの
色目はこれ。

紅
梅の匂:
(五ツ衣)薄紅
梅淡、薄紅
梅、紅
梅、紅
梅、濃き紅
梅(単)青
↓
かさねの
色目はこれ。

匂いというのは、同系色のグラデーションをあらわします。
個人的には、春らしさを感じるのは、「紅
梅の匂」です。
「紅
梅の匂」は祝の時にも着られる
色目ですが、やはり、単の濃紫と青とでは、青の方が
挿し色になっていて、気分も華やぎます。
ちなみに濃紫だと、同系色になってしまうので、心理的に圧迫感や、停滞感があります。
春を感じたいので、せめて白などを入れたくなるわけです。
たとえば、1番上の画像などは、挿し色が効いていて、好きな
色目です。
この「紅
梅の匂」が登場する作品を紹介すると。
『増鏡』第9「草枕」には、院の崩御に伴って伊勢の斎宮を辞した後嵯峨天皇の皇女に対して、その前斎宮を迎えに来た(ここには政治的な意図もあった)異母兄の後深草院が、その美しさに「けしからぬ」好色を示したことが記されています。
女院は香の薄にびの御衣(おんぞ)、香染めなど奉れば、斎宮、紅梅の匂ひに葡萄(えび)染めの御小袿なり。
御髪いとめでたく、盛りにて、廿に一、二や余り給ふらんとみゆ。花といはば、霞の間のかば桜、なほ匂ひ劣りぬべく、いひ知らずあてにうつくしう、あたりも薫る御さまして、珍らかに見えさせ給ふ。
後深草院といえば、『とはずがたり』の作者で、院の寵愛を受けていた女房・後深草院二条との関係が有名です。
『とはずがたり』では、この時も、二条はその場にたちあったといわれています。
大宮院と前斎宮と歓談のあと、自分の部屋に戻った院は、前斎宮への好色心を抑えきれなくなり、二条に前斎宮への手引を頼んでいます。
しかし、執着したわりに、院は「桜は匂いはとても良く美しけれども、枝がもろく、折りやすい花だ」、つまり、前斎宮は美しい女人だけれど、それだけのことだと、関心がなくなってしまうわけです。
あいかわらずの、院です。以前、後深草院の肖像画(?)を見て、のけぞったことがあります。
・・・・・・・・・・・・ありえない。
どう、ありえない、かは、興味のある方は確認してみてください。
その他、『源氏物語』若菜上巻に、これまた、柏木が女三の宮の姿を垣間見てしまう場面に登場します。
几帳のきは、すこし入りたる程に、袿姿にて立ち給へる人あり。階より西の二の間の東のそばなれば、まぎれ所もなく、あらはに見入れらる。
紅梅にやあらん、濃き、薄き、すぎすぎに、あまた重なりたるけぢめ、花やかに、草子のつまのやうに見えて、櫻の、織物の細長なるべし。
御髮の、すそまでけざやかに見ゆるは、絲を縒(よ)りかけたるやうに靡きて、裾の房やかにそがれたる、いと美しげにて、七八寸ばかりぞ、あまり給へる。
猫のいたずらで御簾の横が上がってしまい、その几帳の少し奥のところに、ゆったりとくつろいだ姿の女三の宮が立っていました。
「
袿姿」ということからも、その人物が身分の高いことがわかりますね。
その女三の宮の姿が、
紅
梅襲(こうばいがさね)なのか、濃い色と淡い色をたくさん重ねて着たのがはなやかで、
着物の裾は草紙の重なった端のように見えた。桜の色の厚織物の細長らしいものを表着にしていた。
裾まであざやかに黒い髪の毛は糸をよってかけたようになびいて、その裾のきれいに切りそろえられてあるのが美しい。身丈に七八寸あまった長さである。
という非常に上品で美しい姿だったわけです。
この姿を見て、柏木の恋心は抑えきれなくなり、無茶をしてしまうわけです。
こうしてみると、「紅
梅」というのは、なかなか
悩ましげな衣装ですね。
この時期、よく着る
きものがあります。
春らしい、
オレンジと若草色が入った紬。
梅見の時期は、まだ寒いので羽織などが手放せませんが、春らしい装いで、春を満喫しましょう。
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