現在の日本の
キモノ人口は、どれほどいるのでしょうか。
「キモノ離れ」といわれる時期もありましたが、最近では
「アンティーク」ものがけっこう流行っています。
でも、この道に長い間たずさわっていると、いつの時代でも、
キモノ人口というものは、一定数を保っているような気がします。
※注意 : 一応「プロ」ですが、カテゴリーとしてはサイドビジネスです。今の時期だと、そろそろ「卒業」「謝恩会」で
キモノが活躍しそうですね。
キモノを着るには、ルールみたいなものを一応考慮しなければなりません。
例えば、日本には四季があり、それぞれの時期にあった装いが求められ、初釜などのお茶席ではお文庫は結ばない、など。
また、
キモノの格についても、結婚式では仲人・親族(既婚)は黒留袖を、紬はどんなに高価でも普段着、などなど。
理由はそれぞれありますが、それは、気が向いたら書くとしましょう。
でも、これは別に
キモノに限ったことではなく、洋装の世界でも同じこと。
ある程度のルールがあり、TPOにあわせた装いをしなければ、恥をかくことになります。
なぜ恥をかくことになるのか。
それは
相手へのおもいやりを欠くことに他ならないと、私は考えています。
例えば、大切なプレゼンテーションの日、あなたのためにわざわざ時間を割いて集まってくれ、あなたのプレゼンの内容を気にいるかどうかわからないのに、それでも聞きにきてくれる方たちに対して、あなたはどのような装いをすべきでしょうか?
ここで、答えは出せません。
状況によってそれは大きく異なるのですから。
しかし、相手への思いやりを欠いた服装であれば、結果はどうなるでしょう。人間というものは、ビジュアル(視覚)による情報が、1番強く印象づけられ、記憶されるものです。
ルールやTPOにあわせた装いは、
相手へのおもいやりをあらわす方法としてあると考えておきましょう。
しかし、重要なのは、ルールなどにとらわれすぎないこと。
状況はそれぞれだし、あなたをとりまく環境もそれぞれです。
例えば、ミセスは振袖を着てはいけない、みたいなことが言われますが、ミセスといっても、10代後半から20代の方だっているわけです。こういう色が良くて、こういう色はダメ、といっても、あなたに似合わない色だってあります。敷居が高そうだけれど、実はとってもフランクな場所だってあります。
ルールは考慮しなければなりませんが、状況なんてそれぞれなんですから、
遊び心を失ってしまっては、楽しくないでしょう。
やっぱり、楽しまなきゃやってられません。
でも、↑で書きましたが、自分だけが満足すればいいかというとそうではない。
「アンティーク」ものが流行っているからと、美的感覚を疑うような組み合わせや、ヘアスタイルや小物の調和を無視した装い、いわゆる「調和」を欠いたものは、どう考えても変です。
逆にいえば、どんなにすごい組み合わせでも、「調和」があれば、それは、とってもステキな装いです。
例えば、かつては着崩れた着方が流行った時期もありましたが、かといって、ずりずりとおひきずりさん
ファッションをしたとしても、そこに「調和」がなければ単なる「だらしない」装いです。
「調和」って難しいかもしれませんが、とてつもなく楽しいゲームです。楽しんで、遊んでみましょう。
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ファッションとは:
「調和」と相手への「思いやり」
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マニア(mania):
ある一つの事に熱中すること。また、その人。熱狂者。
(『国語大辞典』小学館)
人は、どれだけの分野に、熱狂的な情熱をそそぐことができるのでしょうか。
たとえば、履歴書を書くときに、「趣味・特技」の欄に1つしか書かない人はいないですよね。
もちろん、履歴書という書類の性質柄、先方に思いっきり自己アピールするためにも、複数書く人が多いですし、就職指導でも「欄はすべて埋めること」と言われるわけですから、趣味や特技がある・なしに関わらず、必然的に複数書かざる得ないということもありますが。
私の場合、1つではないですね。
いろんなことに興味があるというか、凝り性なので。
周りからは、「変わってる」と言われることもあります。
それでも、ハイソな世界に飛び込んだつもりなのに、その世界が
「マニア(しかもかなり歪んだ)な人々の巣窟」だと知ったときは、自分のことを棚に上げて、かなりショックを受けたものです。
「常識人」であろうと心がけていたはずなのに、気がつけば、自分もどっぷり
「マニア人(びと)」。
でも、まあ、マニアな感性のまま突っ走るのも、いいかもしれません。
どうせこの世界からは逃げられません。楽しんでいきましょう。